「就労移行支援」という言葉を聞いても、具体的に何をする場所なのか、イメージしづらいですよね。
「箱詰めや軽作業をするところ?」と思っている方も多いかもしれませんが、それは一昔前のイメージです。
現在は、パソコンを使った事務訓練や、「プログラミングやWebデザインなどの専門スキルを学べる学校」としての側面を持つ事業所も増えており、選択肢は広がっています。
本記事では、難しい法律用語を使わずに、就労移行支援の「仕組み」や「具体的な訓練内容」、そして利用するための条件や料金について、網羅的に解説します。
就労移行支援とは?仕組みと目的
就労移行支援とは、障害者総合支援法に基づく公的な福祉サービスの一つです。
一言で言えば、「障害や難病のある人が、一般企業への就職を目指してスキルを学ぶための、国公認の通所施設」です。
就職までの「訓練」と「就活」をセットで支援
ハローワークや転職エージェントとの最大の違いは、単に仕事を紹介するだけでなく、「働くための準備(訓練)」と「働き続けるための支援(定着)」がワンセットになっている点です。
- 利用期間: 原則2年以内(標準利用期間)。
- 場所: 全国にある「事業所」に通って訓練を受ける(自治体の許可があれば在宅も可)。
- 対象: 一般就労(企業への就職)や開業を目指す人。
「就労継続支援(A型・B型)」との違い
よく混同されるのが「A型・B型」ですが、目的が全く異なります。
- 就労移行支援: 「一般企業へ就職するための学校(予備校)」です。訓練が目的のため、原則として給料(工賃)は出ません。
- 就労継続支援(A型・B型): 「働く場所(作業所)」です。福祉的就労として、給料(工賃)が発生します。
「職業訓練校」との違い
- 就労移行支援: スキル習得だけでなく、「生活リズムの安定」や「メンタルケア」「自己理解」に重きを置きます。自分のペースで進められます。
- 職業訓練校(ハロートレーニング): 決められた期間(3〜6ヶ月)でカリキュラムをこなすことが最優先されます。ペースが早く、メンタル面のサポートは薄い傾向にあります。
どんな訓練(トレーニング)をするのか
事業所によって特色はありますが、就職して長く働くために、以下の3つのステップで段階的に進みます。いきなり難しいことは求められません。
1. 職業準備性(メンタルと生活の土台作り)
働くための大前提となる「安定した心と体」を作ります。ここが崩れていると、いくらスキルがあっても再発・離職してしまいます。
- 生活リズムの安定: 決まった時間に起床し、毎日通所する体力をつける。
- 自己理解: 自分のストレスサインに気づき、早めに対処する方法を学びます。
- メンタルトレーニング:
- アンガーマネジメント: 怒りやイライラとの上手な付き合い方を学び、感情の波をコントロールします。
- セルフコンパッション: 自分を責めすぎず、自分自身を大切にする思考法を身につけ、自己肯定感を高めます。
2. ビジネススキル・コミュニケーション(社会人の基礎)
どの職種についても必要となる、対人関係や業務遂行のスキルです。
- ビジネスマナー: 挨拶、身だしなみ、敬語、電話応対など。
- ビジネスコミュニケーション:
- 報連相(ホウレンソウ): 適切なタイミングでの報告や、「結論から話す」練習。
- アサーション: 相手を尊重しつつ、自分の意見や断りを適切に伝える(NOと言える)技術。
- PC基本操作: Word、Excel、PowerPoint、タイピング練習。
3. 専門スキル訓練(職種別コース)
ここが事業所選びで最も差が出る部分です。自分の目指すキャリアに合わせて選びましょう。
- IT・専門スキル系: プログラミング、Webデザイン、動画編集、CADなど。
- 事務系: 経理、人事労務、高度なExcel活用、データ入力など。
- 軽作業系: ピッキング、検品、清掃、封入作業など。
就職活動と就職後のサポート
訓練で準備が整ったら、実際の就職活動に移ります。ここは「訓練」ではなく、スタッフと二人三脚で行う「活動」になります。
就職活動支援(マッチング)
ハローワークやエージェントと連携しながら、あなたに合う企業を探します。
- 応募書類の添削: 履歴書や職務経歴書、自分の障害特性をまとめた「自己紹介シート(ナビゲーションブック)」の作成をサポートします。
- 模擬面接: 想定問答を行い、本番で緊張しないよう練習します。
- 面接同行: スタッフが面接に同席し、あなたの強みや配慮事項を企業へ補足説明してくれます(※企業の承諾が必要)。
- 企業実習: 実際の企業で数日間〜数週間働き、業務内容や職場の雰囲気が合うかを確認します。
定着支援(就職後のフォロー)
就労移行支援の大きなメリットは、「就職したら終わりではない」ことです。 就職後6ヶ月間は「職場定着支援」として、スタッフが定期的に面談を行います。 「職場で困っていること」をヒアリングし、必要であれば企業側と調整を行うことで、早期離職を防ぎます。
「ITスキル」が学べる事業所が増えている
近年、障害者雇用の市場では「IT人材」の需要が高まっています。
それに伴い、従来の軽作業中心ではなく、ITエンジニアやWebデザイナーの養成に特化した就労移行支援が増加しています。
- 学べること: HTML/CSS、Java、Python、Photoshop、Illustratorなど。
- メリット: 専門スキルを身につけることで、障害者枠であっても一般枠と同等の給与水準を目指せます。
- 事業所例: Neuro Dive(先端IT)、atGPジョブトレIT(Web制作)、就労移行ITスクール(プログラミング)など。
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利用するために必要な「3つの条件」
障害者手帳は必須ではありません。以下の3つの条件を満たせば利用可能です。
- 年齢: 18歳以上65歳未満であること。
- 意思: 一般企業への就職(または開業)を目指していること。
- 状態: 障害や難病があり、単独での就職活動が困難であること。
重要:「手帳なし」でも利用可能
障害者手帳を持っていなくても、医師の「診断書」や「意見書」があり、自治体が「支援が必要」と判断すれば利用できます。うつ病や発達障害の疑い(グレーゾーン)の方も多く利用しています。
お金の話:料金と生活費について
利用料金は「9割の人が無料」
利用料(自己負担額)は、厚生労働省により「前年度の世帯年収」に応じて上限額が決められています。
実態として、利用者の9割以上は「0円」で利用しています。
| 区分 | 前年度の世帯収入 | 自己負担額(月額上限) |
| 生活保護 | 生活保護受給世帯 | 0円 |
| 低所得 | 市町村民税非課税世帯(概ね単身で年収300万円以下など) | 0円 |
| 一般1 | 市町村民税課税世帯(概ね年収600万円以下) | 9,300円 |
| 一般2 | 上記以外(年収600万円以上など) | 37,200円 |
※正確な区分はお住まいの自治体にご確認ください。
通所中の生活費はどうする?
原則、就労移行支援から給料や交通費は出ません。
しかし、以下の制度を活用することで、生活費を確保しながら通うことが可能です。
- 傷病手当金
- 失業保険(雇用保険)
- 障害年金
メリットとデメリット(注意事項)
利用前に知っておくべき、リアルなメリットとデメリットです。
メリット
- 就職率と定着率が高い: 自分一人で就活するよりも内定率が高く、就職後の定着率も平均して高い水準にあります。
- 自分の「取扱説明書」が作れる: スタッフと関わる中で、自分の得意・不得意や、必要な配慮事項を客観的に整理できます。
- 無料でスキルアップ: 独学や有料スクールなら数十万円かかるITスキルなどを、公費で学べます。
デメリット・注意事項
- 即就職はできない: 「来月から働きたい」という人には不向きです。数ヶ月〜2年かけて準備する場所です。
- 質の差が激しい: 専門スキルのないスタッフしかいない事業所や、放置気味の事業所も存在します。
- アルバイト禁止: 原則として、利用中のアルバイトは禁止されています(※自治体により特例あり)。
利用までの流れ(5ステップ)
利用開始までは、通常1ヶ月〜2ヶ月程度かかります。
- 情報収集・問い合わせ:気になった事業所のHPから資料請求や問い合わせを行います。
- 見学・体験利用:実際に通ってみて、雰囲気やプログラム内容が自分に合うか確認します(重要)。
- 受給者証の申請:お住まいの自治体の障害福祉課へ行き、利用申請を行います。
- 利用計画の作成:相談支援専門員と面談し、「サービス等利用計画案」を作成します。
- 受給者証発行・利用開始:自治体から受給者証が届き次第、正式に契約して通所スタートです。
まずは「場所」を知ることから
就労移行支援は、あなたの「働きたい」という気持ちを、国がバックアップしてくれる制度です。
もし「手に職をつけたい」「今のままじゃ不安だ」と思っているなら、まずは興味のある事業所に相談・見学に行ってみることをおすすめします。
どんな場所で、どんな人が学んでいるのかを見るだけで、将来のイメージが具体的になるはずです。
就労移行支援に関するFAQ(よくある質問)
Q. 在学中の大学生は利用できますか?
原則は利用できませんが、卒業年度で就職が決まっておらず、大学側からの推薦がある場合など、自治体の判断により利用できるケースが増えています。お住まいの自治体へご相談ください。
Q. アルバイトをしながら通えますか?
原則は禁止です(就労移行支援は「働けない状態の人」が対象のため)。ただし、生活維持のためにやむを得ない場合や、短時間で訓練に支障がない場合に限り、自治体が特例として認めるケースがあります。隠れてバイトせず、必ず事前に相談しましょう。
Q. 期間の「2年」を過ぎたらどうなりますか?
原則は終了ですが、どうしても就職が決まらない場合や、もう少しで決まりそうな場合は、審査を経て最大1年間の延長(計3年)が認められることがあります。
Q. 週5日通わないとダメですか?
いいえ。最初は週2〜3日からスタートし、体調に合わせて徐々に日数を増やしていくのが一般的です。無理なく継続することが最優先されます。
Q. 交通費や昼食代は出ますか?
事業所によります。法律上の義務はないため自己負担が基本ですが、独自のサービスとして「交通費助成」や「ランチ提供」を行っている事業所も多いです。また、自治体によっては通所交通費の助成制度がある場合もあります。
Q. 途中で辞めたり、事業所を変えたりできますか?
可能です。「合わない」と感じたら、無理に通い続ける必要はありません。別の事業所へ移る(転所する)ことも認められています。その場合、利用期間(2年)のカウントはリセットされず、引き継がれる点に注意してください。