「電話しながらメモを取ろうとすると、頭が真っ白になる」 「料理の手順がわからなくなり、鍋を焦がしてしまう」
世の中では当たり前とされる「マルチタスク(同時並行処理)」ですが、発達障害(ADHD・ASD)の方にとっては、脳がフリーズする原因となります。 これは努力不足ではなく、脳のメモリ容量の問題です。無理にこなそうとすればするほどミスが増え、自信を失う結果になります。
本記事では、なぜ発達障害の脳はマルチタスクが苦手なのかというメカニズムと、仕事や日常生活でパニックを起こさないために、全ての作業を「シングルタスク(一つずつ)」に変換する技術を解説します。
なぜ「マルチタスク」ができないのか?脳のワーキングメモリ問題
「要領が悪い」のではなく、脳の作業スペースの容量の問題です。
1. ワーキングメモリ(脳の作業台)が小さい
脳には、一時的に情報を記憶して処理する「ワーキングメモリ」という機能があります。 発達障害(特にADHD)の方は、この作業台の面積が狭い傾向にあります。健常者が「3つの作業を同時に広げられる」のに対し、発達障害の方は「1つ広げたら他が落ちる」状態です。 このため、電話(聴覚情報)と入力(視覚情報)が同時に来ると、作業台から情報が溢れてしまい、処理ができなくなります。
2. 「切り替え」のコストが高い
ASDの方は、一つのことに集中する力は高いものの、AからBへ注意を切り替える際に多くのエネルギーを使います。 「メールを打って、電話に出て、またメールに戻る」という動作だけで脳が疲弊し、ミスを誘発します。
【仕事編】マルチタスクを「強制シングルタスク」にする技術
脳の容量を広げるのは難しいため、入ってくる情報を制限します。
1. 「聴覚」と「視覚」を同時に使わない
最も負荷が高いのが「聞きながら書く(打つ)」ことです。
- 電話対応: 「メモを取りますのでお待ちください」と宣言し、通話を保留にするか、相手の話を止めてから書く。可能なら電話業務自体を外してもらうよう相談します。
- 口頭指示: 「メールかチャットで送ってください」と依頼し、視覚情報一本に絞ります。
2. タスクを「物理的」に見えなくする
PCのデスクトップに複数のウィンドウを開いているだけで、脳のメモリは消費されます。
- ワンウィンドウ原則: 今やっている作業以外のアプリは全て最小化するか閉じる。
- 机の上を整理する: 今使う書類以外は引き出しにしまう。視界に入る情報を1つに絞ることで、脳の処理落ちを防ぎます。
3. 「外部メモリ」にすべて書き出す
頭の中で「あれもやらなきゃ」と覚えているだけでメモリを使います。 ToDoリストや付箋に全て書き出し、「頭の中は空っぽ」の状態にします。「これを見ればいい」という外部装置を作ることで、目の前の作業だけに集中できます。
【生活編】家事・身支度・会話の「同時進行」を捨てる技術
仕事以外の場面でも、脳への負荷を減らす工夫が必要です。
1. 家事:工程ではなく「場所」で区切る
「煮込みながら洗う」などの同時進行は失敗の元です。
- 完全分業: 「切る」だけを全部終わらせてから、「焼く」に移る。
- 家電の活用: 乾燥機付き洗濯機やロボット掃除機を導入し、「干す」「掃除機をかける」というタスクそのものを減らすことも有効な手段です。
2. 身支度:朝のルーチンを「視覚化」する
「時間を気にしながら着替えて歯を磨く」のは高度なマルチタスクです。
- 手順書を作る: 「顔を洗う→着替える→鞄を持つ」という手順をリスト化し、壁に貼ります。時計を見て計算するのではなく、「リストを上から順にこなすだけ」のシングルタスクに変えます。
3. 会話:「聞く」と「考える」を分ける
「相手の話を聞きながら、返事を考える」と処理が追いつかなくなります。
- 沈黙を許容する: 相手が話し終わってから、「少し考えさせてください」と一呼吸置き、それから返事を考えます。即答できなくても、的確な返答をする方が信頼されます。
マルチタスクが「少ない」仕事の条件と職種例
完全にゼロにするのは不可能ですが、「人」ではなく「モノ・成果物」に向き合う仕事を選ぶことで、突発的な割り込みや同時並行を劇的に減らすことができます。
1. 成果物の形が決まっている「制作・専門職」
仕様書やマニュアルという「設計図」があり、それに沿って一つずつ形にしていく仕事です。
- プログラマー・コーダー: 「ここからここまでを作る」というタスクが明確で、自分の思考の世界に没頭できます。
- Webライター・校正: 納期さえ守れば、どのような手順で進めるかは自由です。静かな環境で一つの文章に向き合えます。
2. 蓄積されたルールや事実と向き合う「管理・分析職」
その場の空気や感情ではなく、数字やデータ、ルールに基づいて処理する仕事です。
- 経理・データ集計: 「数字を合わせる」というゴールが決まっており、電話対応を切り離した環境であれば、高い集中力を発揮できます。
- テストエンジニア: 開発された製品が正しく動くかを、手順書に従って検証する仕事です。一つずつ確認して記録する作業の繰り返しであり、突発的な対応が少ないのが特徴です。
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努力"だけ"でカバーしようとせず、仕組みで「一つ」に絞る
マルチタスクができないのは、能力が低いからではありません。 あなたの脳が「広く浅く」ではなく、「狭く深く」処理することに特化しているからです。
もちろん、苦手を克服する努力も大切です。 しかし、努力だけで脳の構造を変えることはできません。「同時進行」を潔くあきらめ、ツールや環境調整を使って「一つずつ片付ける」スタイルに変えること。それが、あなたが最もパフォーマンスを発揮し、自信を取り戻すための最短ルートです。
発達障害とマルチタスクに関するFAQ
Q. マルチタスクを鍛えるトレーニングはありますか?
A. 基本的にはおすすめしません。ワーキングメモリの容量は大人になってから劇的に増えるものではないため、苦手なことを克服しようとするよりも、「やらない工夫(ツール活用や環境調整)」にリソースを割く方が現実的です。
Q. 上司に「マルチタスクが苦手」と伝えてもいいですか?
A. 伝え方によります。「苦手なのでできません」と言うと反感を買うリスクがありますが、「ミスを防ぐために、一つずつ確実に処理させてください」や「電話対応中は入力作業を止めさせてください」と、「業務品質を保つための提案」として伝えれば、受け入れられやすくなります。
Q. ADHDとASDでマルチタスクの苦手さに違いはありますか?
A. 原因が異なります。ADHDは「注意散漫」により、次々と別のことに気が逸れてタスクが完遂できない(広がりすぎる)のに対し、ASDは「切り替え困難」により、同時並行しようとするとフリーズする(止まってしまう)傾向があります。どちらも対策は「シングルタスク化」で共通しています。